Degeneration - 退化

Degeneration - 退化

昨⽇はイルカだった。今⽇、仕事から帰ると、チンチラネズミになっていた。

Literature meets fashion. Romantic tale into a photo story.
Written by Akichiaki (空地空) Photographer Yoshitaka Furukawa, Stylist Yuna Kume,
Makeup artist Kanako, Hair stylist Motoharu Iwaizumi, Model Anni Yang, Direction eucari

⽔に濡れて寒かったんだろう、彼⼥はバスタブの縁で、ちょっと気の毒なくらいに、ぷるぷる震えていた。慌てて抱えあげて、ドライヤーをかけた。からだにぺったりと張りついた⽑が、乾くとどんどん膨らんで、すごく⼿触りがよかった。

⼈間だったころも、よく、彼⼥の髪を乾かしてあげていた。こんなにふわふわではなかったけれど、その代わりにもっと、さらさら、つるつるとしていた。どっちが好みかといわれると、それは難しい。彼⼥の髪の毛ーもちろん、べつの部分だってそうだけれどーだったら、よっぽど臭いとか、べたついているとかではない限り、嫌い、なんて感じることは、ないと思う。

誰かと恋をするってのは、つまり、そういうことなんだ。

はじめて彼⼥が「退化」したときは、とにかく、びっくりした。朝、⽬が覚めると、ベッドには彼⼥の代わりに、⽑深いサルが寝転がっていたんだから。どうしたらいいのかわからなくて、途⽅に暮れた。恐怖とか、絶望とか、そういう感情をいだく余裕さえ、なかった。

でも、「退化」していく彼⼥と暮らしていくうちに、いろんなことがわかるようになってきた。ひとつには、毎⽇すこしずつ下等になっていくその動物が、間違いなく彼⼥だってこと。彼⼥は⼀週間くらいのあいだ、ヒヒとか、チンパンジーとか、ゴリラとか、とにかくサルだった。けれど、サルになっても、頬をさわるクセとか、お気に⼊りの⻘い⾷器とか、そういうのは変わらなかった。それどころか、僕にむかって話しかけようとしたり、⾔葉が通じないのがわかると、⾝振り⼿振りで、なにかを伝えようとしたり。彼⼥らしい、いじらしさは、「退化」したって残っていた。そのあとも彼⼥は、いろんな⽣き物へと「退化」していった。イヌとか、カラスとか、ウマとか。それで、昨⽇はイルカになって、今⽇はチンチラ。でも、もう驚いたり、不安になったりはしない。⼤切なのは、僕がまだ彼⼥を好きで、彼⼥のほうも、そうだってことだから。彼⼥が「退化」するたび、僕はサインを送った。背中をぽん、ぽんって、⼆回だけ、優しく叩く。彼⼥が⼈間だったころからの、とくべつな合図。すると彼⼥は、ふふって、笑う。「退化」した彼⼥は笑わなかったけれど、それでも顔をなめたり、喉を鳴らしたりして、応えてくれた。

top: ICHIYO...hair accessory: MIKSHIMAI (SHOWROOM CHRMR)...rings: LA MANSO (bonjour records shibuya scramble square)

cardigan, skirt: YUEQI QI(MATT.)...others stylist's own

チンチラネズミはすごく臆病だって聞いてたから、みすぼらしい襤褸みたいに丸まった彼⼥を⾒つけたとき、「今度ばかりは、もしかしたら」っ て考えが、頭をよぎった。イルカなら、きっと賢いだろうし、そんなに臆病だって話も聞いたことなかったから、のんきしてたのだけれど。そもそも、放っておいたって、イルカは⽔からはあがれないだろうから、そんなに⼼配してなかった。でも、ネズミは怖がりだし、いままでの動物より、⾝体や脳が、ずいぶん⼩さい。もしかしたら、記憶がかすれてしまっているかもしれない。僕のことを、ぼんやりと覚えているくらいじゃ、怖がって、逃げだしてしまうかもしれない。

shirt and crinoline: CHIKA KISADA (EDSTRÖM OFFICE)...shoes: YUEQI QI(MATT.)...others stylist's own

でも、僕の組んだ脚のうえで、気持ちよさそうに⽬を細めて、ドライヤーの温⾵を浴びる彼⼥を⾒ていたら、そんな不安はどこかにいってしまっ た。彼⼥はまだ僕のこと覚えていて、それに恋もしてくれているんだって確信が、彼⼥を乾かす指先からー僕の冷えきった⾎液を、じんわりあたためながらーからだ中を、巡っていった。

だから、乾かし終わってすぐに、僕はいつものようにサインを送ったんだ。ふわふわした背中を、ぽん、ぽんって、⼆回だけ。

すると、彼⼥は細めていた⽬を⾒開いて、すっと後ろ脚で⽴ち上がった。僕から顔を背け、⿐をすこしひくひくさせて、齧⻭類特有の、警戒するようなそぶりを⾒せた。どこか逃げる場所を探しているようだった。

そういえば、チンチラになってからは、彼⼥の、頬をさわるクセを⾒ていない。

僕は彼⼥を抱きあげた。なんだか、たまらなくなってしまったんだ。いそいでキッチンにむかって、ストロベリー・ジャム付きのクラッカーをあげた。チンチラのからだにはよくないのだろうけど、それは彼⼥の⼤好物だったから。彼⼥は、僕の腕のなかで、おとなしく、でも無表情に、クラッカーを頬張っていた。

もう夜も遅かったから、ベッドに⼊った。彼⼥と、彼⼥の好物のクラッカーと、⼀緒に。彼⼥はぜんぜん眠くなさそうだったけれど、腕枕をして、そこにジャム・クラッカーを置くと、布団に⼊ってくれた。⼤きな⽿に「⼤好きだよ」って囁いた。そしたら、彼⼥はクラッカーをもぐもぐ頬張ったまま、きゅう、って⼩さく鳴いた。鳴いたんだ。

だからまだ、僕らは恋をしている。

Akichiaki (空地空)
Novelist, Scriptwriter
@bungaku_mura

Yoshitaka Furukawa
Photographer
@yoshitaka.furukawa

Yuna Kume
Stylist
@kumeyuna

Kanako
Makeup artist
@kanako_makeup

Motoharu Iwaizumi
Hair stylist
@mthr0905

Anni Yang
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Shiori Sasaki
Photographer assistant
@___shiosabaaa___

eucari
Direction
@euca_ri